1970-71年のメキシコ。メキシコシティのローマ地区で医者の家政婦として働くクレオの日常を丁寧に描写しながら、当時の世相も反映し、彼女に訪れる試練を描いていきます。
監督の前々作『トゥモロー・ワールド』、前作の『ゼロ・グラビティ』とも共通するのは、徹底的にこだわった絵作りと音響による臨場感。観ている者がそこに居るような没入感を喚起することで、映画の登場人物の経験をまさに同期的に体験していくことになります。
冒頭のタイトルが出るまでの場面。
床だけが映し出され、掃除をしている音響が劇場中に響き渡ります。
ここは(だけではありませんが)、ぜひ息を殺してその音響を聞き入っていただきたいところ。
音で感じた玄関のエントランスの大きさ、人の出入りするところの位置関係・・・絵が動き出すとそのイメージそのままの世界が広がっていくのです。
あとはただひたすら、クレオの日常に寄り添っていくだけ。
淡々とした描写が続くように見えますが、クレオの置かれた境遇や、雇い主とその子供たちとの関係など、手に取るように分るようになっています。
やがてクレオは一人の男と巡り合うのですが、このことが彼女にとっての試練の始まりとなります。物語の成り行きはそのまま見届けていただくとして、淡々と場面を追っていくだけの描写がなんと生き生きとし、リアルな生活感を伴っていることか。
『トゥモロー・ワールド』のような明確なメッセージ性、『ゼロ・グラビティ』のようなエンターテインメントとしての大きな起伏はありませんが、つつましく生きる女性の日常に寄り添うことから感じるリアリティによって、彼女の体験するものの大きさが等身大で伝わってくるのです。
監督のこうした手法がこの作品のテーマと有機的な融合を果たしていることは間違いないところですが、この作品の大きな美点のひとつはやはり全編に亘って展開される、驚くような絵作りにあります。
そもそも撮影はキュアロン監督と長年共に仕事をしてきたエマニュエル・ルベツキが行う予定だったのが、日程の都合で監督自身が行うことになったとのこと。
ルベツキの撮影作品は近年だけでも『ゼロ・グラビティ』『バードマン』『レヴェナント』『聖杯たちの騎士』といったところ。目が眩むような際立った仕事ぶり。
結果的に本作でキュアロン監督自身が第91回アカデミー賞で外国語映画賞・監督賞の他に撮影賞も受賞したわけですが、その際のスピーチで「ルベツキならどう撮るかを意識した」と述べていることからしても、その影響は明らかだと思います。
これは、どう撮影するのかという明確なビジョンが監督自身にあるからこそ、はっきりした形でその成果が結実したといえるでしょう。
そのすべてが美しい、息を呑むような映像はやはり劇場で体験してこそだと思います。
配信主体で、劇場公開規模が限られた作品であるうえ、当館での上映期間も続映なしの2週間公開のみ。
さまざまな幸運が重なって本作を当館で上映できることは何より嬉しいことでもあります。
この稀有の作品をこの機会にぜひ劇場でご覧、いや、体験して頂きたいと思います。
『ROMA/ローマ』
6/1(土)~6/7(金)連日①10:30 ②14:00
6/8(土)~6/14(金)連日①10:00 ②14:40 ③19:10
https://www.netflix.com/jp/title/80240715
Netflixオリジナル映画「ROMA ローマ」独占配信中