第二次大戦前夜の1938年3月、ドイツはオーストリアを併合。「ドイツ兵」として召集された兵士はヒトラーへの忠誠を誓わされた。ドイツのバイエルン州に隣接する小村ザンクト・ラーデグント(Sankt Radegund)に住む農夫フランツ・イェーガーシュテッター(Franz Jägerstätter)は宣誓を拒否。収監され、転向を促されるが・・・
本編上映時間175分、あのテレンス・マリック監督ということで、観る前はちょっと身構えてしまう感じもあったのですが、それはまったくの杞憂でした。
広角レンズを使い、対象に大きく寄りながらパースペクティブを強調した美しい映像、割と細かいカット割り、印象的な音楽・・・映像作品としての美しさは圧倒的で、まさに巨匠の作品。
セリフはごく僅かで、モノローグとフランツと妻のファニ(=フランツィスカ)との手紙の朗読を中心に物語が綴られます。
セリフとモノローグは英語なのですが、兵士の号令や村人の罵声、軍事裁判での廷吏?(若しくは検事)の罪状の朗読など、ナチス的と思われるセリフはドイツ語で字幕なし。
ドイツ語を解さない人には何を言っているか分からない中に威圧的・権威的な雰囲気を感じ取るのみですが、基本的に英語で語られる映画のなかでドイツ語的な響きをあえて残す工夫なのだと思います。
ドイツとの併合に至るオーストリア国内の経緯については決して平坦ではなく、内実はナチスによる政権の収奪と呼ぶべき状況にあったわけですが、併合されたのちにヒトラーへの忠誠の拒否・良心的徴兵拒否を行うことは余程の勇気と信念がなければ到底成し得ない行為であったと思います。
村の神父にヒトラーへの忠誠は誓えない旨相談するも、地区の司教へ面会することを促されますが、司教の返事は「祖国への義務を果たしなさい」というもの。
併合の際に死刑となった司祭が居たことで、オーストリア・カトリック教会内部で公にナチスと敵対することはタブー視された事情が反映されていますが、このような動きを行うこと自体が彼の強固な意志を物語っているといえるでしょう。
フランツは4回に及ぶ徴兵の延期ののち、召集された際に良心的兵役拒否を行い逮捕。
拘置中のフランツの様子と村に残してきた家族の映像が交互に映し出され、前半で描かれた夫婦の睦まじい様子、3人の娘の健気な可愛さが後半になって重く響いてきます。
尋問中や弁護士などから転向を勧められるも頑なに拒否。
ファニも村人からさまざまな嫌がらせを受けながらも日々の農作業に勤める描写が続きます。
書類にサインするだけで家に帰れる、と言われながらも拒否を続けるフランツの姿は『沈黙』で「転ぶ」ように迫られる神父の姿と被ります。
正しいと信じるもののためにどれほど犠牲に耐えられるか、自身や家族の安泰のために不正義を前にして目を瞑ることの是非、という人としてのありようの根源を問う物語は、自分ならどうするだろうか?という問いが物語の進行とともに心のうちを駆け巡り、スクリーンに釘付けとなってしまうのでした。
映画の最後にジョージ・エリオットによる名句が掲げられ、『名もなき生涯』というタイトルの持つ重さ、フランツの行為がどれほど後の人の心に響くのか、さまざまな思いが電撃のように駆け巡るのでした。
引用されているのは1871-72年作の小説「ミドル・マーチ」の中の一文。
フランツの生きた時代の1世代も前の名句を引用し、タイトルの由来とすることで、フランツの行いが単なる反ナチス運動といった狭義のものに留まらず、不正義に対する小さな反抗に殉じた名もなき人々に対するリスペクトをこの映画のテーマとしているのだと実感することができるのでした。
映画ののちの話になりますが、フランツは2007年にカトリック教会により列福されたとのこと。
列福者は『二人のローマ教皇』の一方の主役、ベネディクト16世。
第72回カンヌ国際映画祭のエキュメニカル審査員賞受賞もむべなるかな、と思います。
『名もなき生涯』
2020/3/28~4/10まで公開
連日①14:20~17:20