こんにちは!のむげです。
春真っ盛りという感じですね~!
ぼちぼち初夏の気配がし出したような気がします。
今日は、先日行われた、特集:こどものまなざしの『チョコラ!』の舞台挨拶のもようをレポートします。
ご来館いただきました皆様、誠にありがとうございます!

葦牙に続き、監督舞台挨拶第二弾は『チョコラ!』です。
左から、小林茂監督 津富宏教授です。
アフリカ大陸にある、ケニア共和国の地方都市、ティカ。
そこが『チョコラ!』の舞台です。
チョコラとは、スワヒリ語で「拾う」を意味し、生活のためにくず拾いをするストリートチルドレンの事を指します。
ストリートチルドレンは、その名の通り、路上で生活する子どもたち。
彼らは、生きていくために物乞いをしたり、嘘を吐いたり、物を盗んだり…。
たばこやシンナーだって吸うこともあります。
でも彼らは仲間同士助け合うし、喧嘩もします。
本当は家もあるし親だっていたりします。
そんな彼らの日常を捉えた、珠玉のドキュメンタリーが『チョコラ!』です。
今日は小林茂監督と、静岡県立大学国際関係学部准教授の津富宏氏(犯罪心理学、青少年支援を研究していらっしゃいます)の舞台挨拶で行われた、映画のご鑑賞者とお2人の質疑応答をご紹介します。
Q、『チョコラ!』を、撮り終えて、被写体である子どもたちに見せたか、
もしくは彼らが観るかもしれないと思って制作したか。
撮影したが、カットしたものもあると思うが、どのようにシーンを選んだか。
A、ストリートにいる子どもたちに見せるには、物理的に見せる機会がなく、子どもたちに見せているとは言えないが、途中で登場する孤児院の子たちには見せることができました。
秋にはまたケニアに行けるので、彼らに見せたいと思っています。
被写体の子どもたちは、全てのカットに置いて、登場する事を念頭において撮っているので、シーンをカットする時には、断腸の思いで切っています。
映画は彫刻に似ていて、削っていく事で形が見えてくるものだと思っています。
削っていって残ったものは、大きなものから削り取り凝縮されたエキスであって、もし子どもたちが自分が映っていないシーンがあったり、撮影したが自分のシーンが使われなくても、子どもたちは自分が映っているように思ってくれると思います。
様々な分野で十数人の子どもたちが主に出てきますが、皆どれかに当てはまり、自分だと思ってくれると思います。
1人1人と私(監督)が話して撮影しているので、カメラの前に子どもたちも覚悟を持って立ってくれたと思うので、それが映像の強さになり、私(監督)の言うドキュメンタリーの直接性になっているのだと思います。
Q、ストリートチルドレンの子どもたちは男の子ばかりでしたが、女の子はいるのか。
A、フィリピン、ブラジル、モンゴルなどのストリートチルドレンやマンホールチルドレンの中には、もちろん女の子の沢山います。
しかし、ケニアは少ないです。
その理由は、女の子はやはり危険が多いですし、小さい内は子守りの仕事に出されたりして働き手になるのが一般的です。
大体15歳を過ぎると「夜」の仕事をする事になるため、ストリートチルドレンになる女の子は少ないのです。
Q、基本的に映画の中では幼い子どもたちが中心でしたが、一人だけ大人の女性の生活が出てきました。
どうして彼女を映画の中に登場させたのでしょうか?
A、ケニアではエイズの問題も深刻化しています。
エイズを撮るつもりはなかったのですが、孤児の場合は父や母がエイズで死に、親戚をたらいまわしにされて最終的にストリートチルドレンになってしまう子どもたちが多くいます。
なので(撮影の)最後の方で伝手を通じて何人か紹介してもらって撮影させていただきました。
ずっとストリートばかりを撮っていたので、ルーシーさんという20代半ばの女性を撮影した時、彼女はスラムの小さな家でしたが、ごく普通の生活を撮る事ができました。
何度も撮影や編集をしている内に、ひょっとしたらストリートに出ている子どもたちにも、4、5歳の頃には(ルーシーさんのような)温かい家庭があったのではないかと思いました。
なので温かい家庭のシーンを編集で入れる事で、子どもたちにあったはずの幸せな家庭を想像してほしいと思い、入れました。
ドキュメンタリーの持つ直接性は、時に私たちの心に強く訴えかける力を持ちます。
彼らの置かれている状況は辛く過酷なものだとしても、スクリーンに映し出される彼らの笑顔は無邪気で美しい衝撃となって、観る者に訴えかけるのだと思います。
「チョコラ!」は、5月14日まで、
連日一回(毎日上映時間が変更になります)、上映中です。
この機会をお見逃しなく!