マイケル・ムーアが「トランプ大統領誕生」という事態の本質に迫るドキュメンタリー。
全編トランプ尽しの映画なのかと思いきや、幸いなことにこの映画ではトランプの姿は当初の予想ほど多くは出てきません。
この映画は大統領選でなぜトランプが勝利したのか?いや、トランプを勝たせてしまった要因(=戦犯)とは何(誰)か?を追うことが主なテーマとなっています。
主に登場するのはそういう人達や出来事です。
ムーアはまず、絶対的な得票数を得た候補が必ずしも当選するわけではない選挙制度を問題にしていきます。
選挙人を選び、選挙人の投票によって大統領を選ぶ(しかも殆どの州が勝者の総取り)というシステムは特定の枠内での決定的な1票差がドラスティックな結果を生む仕組みであり、ムーアによればこの約30年間でも最多得票を得た候補が大統領となったのは第43代のブッシュのみであるとのこと。このときは911後という特殊な事情があったことを考えれば、この方式を続ける限り、最多得票を得た候補が大統領となることはまずない、と考えなければならないことになります。
ついでムーアの矛先はヒラリー・クリントンや民主党のトップに向けられます。
ヒラリーが民主党の大統領候補となる前に、予備選挙でバーニー・サンダースが優勢となる選挙区もあったにも関わらず、党員票に拘束されない特別代議員の殆どがヒラリーに投票したために、サンダース支持者の得票は実質的に死票となったとのこと。
また、民主党の政策の多くが共和党化してきたことを指摘。
妥協を重ね、従来の民主党のカラーが失われることで、選挙の争点がぼやけ、政治的関心を失わせた点を指摘します。

(C)Paul Morigi / gettyimages
(C)2018 Midwestern Films LLC 2018
また、特に時間を割いて描いているのがミシガン州フリント市の水道水汚染問題に絡むオバマ大統領の失策について。
映画はこの問題が今回のテーマと繋がるまでにやや遠回りな印象を受けますが、フリント出身のムーアにとってはどうしても外せない問題なのでしょう。
財政破綻の結果、ミシガン州がフリントの管財人として市政の責任を負うなかで、鉛による水道の汚染で特に低所得者層に健康被害が発生。共和党の州知事は事態を把握しながら実効性のある対策を講じず、ついにはオバマ大統領がフリントに視察に訪れます。大統領は水道水をコップで飲むパフォーマンスを実施。水を濾過すれば飲用に問題はないとの連邦政府の立場を説明するためだったようですが、これは問題を矮小化するだけで、都市部の低所得者層という最もコアな民主党支持層には重大な裏切りと映ったとのこと。
このことは民主党の支持層の離反を招き、バーニー・サンダース支持層の大統領選離脱も加わり、アンチトランプ層の投票率を更に押し下げる結果を生んだとしています。
その結果、トランプが当選し大統領になった、というわけです。
おそらく、事実はもっと複雑で、映画に描かれている民主党絡みの問題以外にも、共和党内でのトランプ支持層への地滑り的傾斜があったであろうことや、リーマンショック後のアメリカ経済の躓き、アメリカ1国のみではない世界的なポピュリズムの台頭等々・・・といった要素などが複合的に働いた結果と考えるべきでしょう。
ムーアの意図としてはテーマをあえて限定し、とりわけトランプへのブレーキとなりうる民主党支持層に対象を絞って、トランプ当選の原因を説明した、ということだと思います。
トランプ支持者はそもそもムーアの映画を観ないであろうし、このアプローチはある意味では正解と言えるでしょう。
映画は更に、アメリカの高校生たちが銃規制に関して具体的な行動を起こす姿を追うことで、実効性のある政治運動の一つの方向性(=可能性)を示そうとします。
実際に投票に行かなければ政治を変えられないと主張するムーアにとって、高校生たちの運動は将来に対する希望の光であって、これまで沈黙していた人々が行動を起こすように変化してもらいたい、という強烈なメッセージだと感じました。
この映画はトランプ現象を分析するというジャーナリスティックな視点で作られたものではなくて、中間選挙を前にして、アンチトランプの一大勢力となったはずの、大統領選挙に行かなかった民主党支持層への反省を促すという、はっきり言えば、ある意味でのアジテーションとして作られたものですが、その主張は世界を覆うポピュリズムと対抗するための方策を知るための普遍的な手掛かりともなりうるものです。
ムーアの主張は明確で、民主社会の維持とポピュリズムへの傾斜を防ぐ最も有効な方法は、選挙を棄権せずに必ず投票に行くことだ、ということです。
トランプのようなあからさまなポピュリストの政治参加を確実に阻止するには、結局は当選させないようにする以外にありません。投票率が低ければ、政治活動に熱心な確信的ポピュリスト達が推す政治家の当選を防ぐことは相対的に難しくなります。
実際のところ、これは投票という仕組みが出来上がって以来、繰り返し言われ続けていることですが、現実にはどこでも投票率は年々低くなっており、一向に改善がみられません。
トランプの当選は、人々が安閑と投票という民主主義の根幹をなすシステムの存在のみに安住してしまって投票を怠ると、ポピュリズムの台頭を防ぐ最大のチャンスを失う、という貴重な教訓を示している、といえるでしょう。
恐ろしいことですが、ムーアの言うように、民主主義は享受する時代から、守るための努力をしなければ失われる、という時代に突入したということです。
将来こうした悲劇を繰り返さないためにも、多くの人々がこのことを胸に刻みつけておく必要があるだろうと思います。
『華氏119』
11/3(土)~11/23(金)
連日①14:40 ②19:15
HP
https://gaga.ne.jp/kashi119/