香港を代表するポップスター、デニス・ホーは2014年の「雨傘運動」に参加したことで当局からマークされ、スポンサーも離れ、大規模な公演もできなくなってしまう。しかし、2019年の逃亡犯改正条例の反対運動の最中、先頭に立って闘うデニス・ホーの姿があった。普通のスター歌手だったデビュー当時からの軌跡と次第に民主活動家として目覚めていく姿を記録したドキュメンタリー。
私はデニス・ホーという人のことはこの映画で初めて知りましたが、まず、その卓越した歌唱力と表現力に、香港のみならず中国本土でも人気のあったことがすぐに理解できました。
共に教師だった彼女の両親は、中国への返還を前にモントリオールへの移住を決意。
カナダの自由な空気の中で育つことで、デニス・ホーは民主主義や人権の重要さを自然に身につけることができたのだとのこと。
師と慕うアニタ・ムイの下で働きたい一心で香港に戻り、下積み時代を経験し、次第に歌手として成功を収めていったデニス・ホーは、2012年、レズビアンであることをカミングアウト。
今でこそLGBTのカミングアウトは以前に比べて容易になりつつある空気が醸成されはじめていますが、香港のスター歌手ではじめてカミングアウトしたという彼女の勇気は相当のものだったに違いありません。
自らの生き方に正直に、正しいと思うことを行うその行動原理は、やはりモントリオール時代の下敷きがあったからこそだと思います。
2014年の香港の行政長官選挙を巡る当局の約束違反に端を発する「雨傘運動」にデニス・ホーが参加したのも、当然の成り行きであったと思います。
そのことが、スター歌手としての彼女に大きな障害となることが分かっていても、彼女はそれを止めなかった、彼女にとってはそれが運命づけられた道だったのではないかと思うのでした。
デビュー当時からもともと目鼻立ちのはっきりした女性でしたが、この頃からの彼女の顔つきは揺るぎない信念に裏打ちされた活動家としての眼差しを帯び、その姿に圧倒されるのです。
活動家としてのデニス・ホーは自らデモに参加するほか、国連やアメリカ議会の公聴会でも証言。
危機に瀕する香港の現状を訴え、民主主義と法治国家の原則に逆行する中国政府の方針に対抗することの意義を切々と説いていきます。
曰く、「香港が陥落すれば、自由な市民社会に対する脅威は更に大きくなるでしょう」
さながら現代のジャンヌ・ダルクといった風情。
映画は2019年秋ごろまでの模様を収録。
「香港の闘いは更に続く」・・・
その後の香港で何が起きたか?
民主化デモの膠着化に続き、2020年6月の国家安全維持法の施行と発効。
林檎日報の廃刊・・・
香港の民主主義は完全な終焉に向かい、最早国際社会はその流れを止めることは不可能に思える状況下にあります。
デニス・ホーをはじめ周庭さんら民主活動家、香港の人々のこの先を思うと、映画の中で勇気を貰った思いを、いったいどう現実に結び付けたら良いのか、茫然と立ち尽くすよりほかありません。
私たちに出来ることは何か?
この絶望的な流れを押し留めることはできないとしても、その心に寄り添い、忘れることなく、応援する以外にない、と思うのです。
デニス・ホーという人が今後活動家として、また歌手としてどのように活動していくのか、その動向を知り、支えていく道を、我々は手探りをしながらでも模索するよりほかない、と強く感じるのでした。
『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』
静岡シネ・ギャラリーにて、
2021/7/23(金)~8/5(木)迄上映予定
2021/7/23(金)~7/29(木)
①10:00~11:25
2021/7/30(金)~8/5(木)
①12:10~13:35