ソ連の崩壊後、イスラエルに移住してきた声優の夫婦。声優としての仕事はなく、妻のラヤはエロトークの電話サービスの会社に、夫のヴィクトルは違法なレンタルビデオ店で吹き替えの仕事をすることになった。不本意な仕事をしていくうちにお互いの心にスキマができるようになる・・・
1990年と年代を特定しての時代設定はこの映画の物語のキモ。
湾岸戦争勃発前後の緊迫したイスラエルの国内情勢は新聞にサダム・フセインの記事が載り、イスラエルに化学兵器のミサイルを撃ち込むと脅すイラクの戦術が国内に及ぼす動揺の結果として、市民へのガスマスクの配布という形で具現化したのですが、これが単なる小道具である以上に物語に重要なアイテムとしての役割を果たします。
周囲をアラブ諸国に囲まれた小国イスラエルにとって、人口の絶対数の少なさが潜在的弱点と認識され、海外に住むユダヤ人の国内移住に積極的だったことは良く知られていますが、ソ連の崩壊後にソ連に居たユダヤ人の流入はこうした政策に則ったものでした。
ロシア語のエロ電話サービスや違法なロシア語吹き替えレンタルビデオ店など、映画でロシア語を解する住人が比較的大勢出てくるのもこのため。
ソ連で夫婦がどのような夫婦仲だったのかはっきりした描写はないのですが、イスラエルに到着した直後からあまり会話がない様子なのは、移住前から夫婦の間に微妙なスキマがあったのでは、と窺わせるものがあります。
ちょっとゆったりしたテンポや全体に流れる乾いた人物描写がアキ・カウリスマキのような雰囲気を漂わせていますが、物語は時間を経るごとに熱を帯びて夫婦の間にスキマが大きくなっていくさまを描写していきます。
この映画のもう一つのテーマと呼べるのが映画に対する大きな愛情と呼ぶべきもの。
特にヴィクトルが敬愛するフェデリコ・フェリーニに対する特別の想いは、物語の端々にちりばめられ、『ボイス・オブ・ムーン』の一場面をヤマ場に登場させるなど思い入れたっぷり。
フェリーニのほかにも『クレイマー、クレイマー』や『スパルタカス』などの引用から映画が人の心にもたらす福音の重要さを訴えていきます。
ラヤの怒りが爆発し、家を飛び出してから「臭い」ガスマスクをネタに一騒動起きる展開は、当時の情勢とリンクしながら、クライマックスでエモーショナルな瞬間を迎えるのでした。
本作の英語の題名は“Golden Voices”ですが、邦題の“甘くない生活”はフェリーニの『甘い生活』から採られたものでしょう。
ヘンテコ邦題の圧倒的に多いなかにあって、本作の邦題はなかなか気が効いていると思います。
『声優夫婦の甘くない生活』
1/22~1/28 ①9:50 ②15:30
1/29~2/4 ①12:25 ②16:30
https://longride.jp/seiyu-fufu/
Posted by サールナートホール 静岡シネ・ギャラリー at
16:57