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静岡市葵区御幸町にある、文化施設のサールナートホールです。 三階には、静岡シネ・ギャラリーも併設しています。 いろいろな催し物、映画を上映しています。

ラウペ

その男は死を覚悟して沖縄の地を踏んだ。『生きろ 島田叡 戦中最後の沖縄県知事』

昭和20年1月、大阪府内政部長だった島田叡は沖縄県知事就任の打診を受け受諾。1月31日に沖縄に赴任し、戦中最後の沖縄県知事となる。沖縄での最後の日々を関係者の証言などで綴るドキュメンタリー。

戦前の県知事は県民の投票に拠らず、中央政府からの指示で派遣される官僚で、島田叡も沖縄の出身ではなく兵庫県出身、内務省の指示により沖縄県知事となった。前任の泉守紀は出張と称して度々県外に出掛け、軍との折り合いも悪かったせいもあり、出張中に高知県知事への転身が決まり、白羽の矢が立ったのが島田だったとのこと。
赴任時で43歳。
「俺は死にたくないから、誰か代わりに行って死んでくれ、とはよう言わん。」
その一言だけで人柄の一端を窺うことができます。

島田叡という人物については沖縄戦開始直前の赴任ということもあり、公式な記録などが殆ど残されていない、ということですが、映画は沖縄戦の推移と当時の島田と面識のある人のインタビューなどを中心に人物像を描き出していきます。
その中でも首里の戦況悪化に伴い陸軍の牛島中将の南部撤退案に対し、島田が激しく抵抗するところは印象深いものがあります。
沖縄戦後半の、特に民間人の犠牲者を増大させたとして牛島中将の南部撤退の決定については後世非難が集中するところ。
沖縄防衛の要としての首里の戦闘に備え、先に民間人の避難先を本島南部としていた軍の方針を転換し、南部に軍を移動することは避難地域と戦闘地域が重複することとなり、民間人に犠牲が出るのが明白なこの決定に、沖縄県民の安全を預かる島田としては、異を唱えたのは当然のことといえるでしょう。

一方で、命令の行き違いもあり、海軍の沖縄根拠地隊の大田実少将は南部に転戦せず豊見城の海軍司令部での抗戦を決意し、壕内で自決。海軍と陸軍の一枚岩とはいえない事情や敗北の明白な沖縄戦を軍事的にどう終結させるのかという点での考え方の違いでもあったと感じます。
島田と大田は「肝胆相照らす」仲とされ、連絡を密にしていたようです。
沖縄戦のドキュメンタリーなどで度々引用される、大田が自決を前に海軍次官宛に送った有名な電文の沖縄県人の遭遇した辛酸極まりない状況の報告(その内容は島田が太田に報告を依頼したとの説あり)と最後の「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の末尾の文言が、島田らの経験したこの世の地獄と思える状況と重なり、殊更重く訴えるものがありました。

生きろ

沖縄県という組織の壊滅と島田の最後の消息を巡る状況のインタビューを聞くと、そこで出会った人たちの感じた島田の人物像を伝えることが、この映画の最も重要なところなのだと思うのでした。
島田という人物が本土から派遣された官吏としてではなく、生死の境をさまよう沖縄県人の辛酸を前にして人としてどう行動すべきなのか、苦悩していた様子を浮かび上がらせるのです。
沖縄戦における数多くの問題と悲劇の一端を知るという意味と、また戦前の民主的とはいえない官憲のシステムの中における島田の位置付けについて、僅か5ヶ月という短期間のうちに沖縄県人に示した出来得る限りの努力の様子を知ることで、官吏のあるべき姿とはどういうものか、という問題を強く意識することになるのでした。
戦後に島田の顕彰碑が建てられたのも、僅かな赴任期間中に県民の安全と生活の維持に腐心したことなどが、県民の多くに支持されたことの証だと感じます。

また、沖縄戦の悲劇は単なる日本国内での戦闘による大規模な人の死といった単純なものではなく、軍国主義という抑圧体制下で非戦闘員が戦闘に巻き込まれ、投降することさえ許されない空気の中で非業の最期を遂げるしかなかったこと、軍隊が民間人を守るという今日の常識では当然と思える責務を果たしていなかったこと、今にも通じる本土との格差が悲劇を更に悲惨なものとしたことなど、さまざまな問題を改めて想起させることは、この映画の持つもう一つの重要な側面と言えるのではないかと思います。


監督の舞台挨拶の中で、島田の遺族はどのような理由によるものか、マスコミの取材には一切応じず、島田の人となりを知る最も身近な家族からの話を聞けずにいる、とのこと。
その事情は当事者にしか分からないことながら、幾多の悲劇と多数の沖縄県人を結果的に死に至らしめた最後の沖縄県知事としての社会的立場が、遺族に今も影響を及ぼし続けている、という事実はやはり重いと感じるのでした。

『生きろ 島田叡 戦中最後の沖縄県知事』
5/28(金)~6/10(木)連日①11:45

http://ikiro.arc-films.co.jp/

(C)2021 映画「生きろ 島田叡」製作委員会

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Posted by サールナートホール 静岡シネ・ギャラリー at 12:38

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