さわ

退屈な日常を過ごしていた会社員の辻一路はある夜、踏み切りで立ち往生していた葉山浮世の命を救う。そこから、不思議な雰囲気の女性・浮世と辻の泥沼の関係が始まった。辻は分別のない行動をとる浮世を放っておけず、浮世を追ってさらなる深みに嵌っていき、破滅への道を歩みだす...。

星里もちるの漫画「本気のしるし」を「淵に立つ」「よこがお」で知られる深田晃司監督が連続テレビドラマ化。地方局の深夜枠にもかかわらず大きな反響を呼んだため劇場用として4時間に再編集したのが本作です。さらにそれがカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション2020に選出されるという、映画の外側の話だけでも異例づくしの本作ですが、内容もかなりぶっとんでいます。　　　

主人公である辻一路はなにごとも無難にこなしていくタイプだか、何かひとつに本気になることはなく虚無感を抱えながら生きている。恋愛においても社内で二股を付き合いをしつつも、どちらの女性に対しても「好き」という感情は示さずに曖昧なままやり過ごしている。そんな辻が、踏切で立ち往生していたのを助けたのをきっかけに出会ったのが葉山浮世という女性。辻は、お金も居場所もない浮世を放ってはおけず、ことあるごとに親切にするのですが、だんだん彼女の周りの様々な問題に巻き込まれていきます。



恋愛における(特に女性の)能動性の獲得を描いた作品は数多くあると思うのですが、この映画がすごいのは、能動的であることと受動的であることの境界線をことあるごとに揺るがしてくるところです。もっと具体的にいうと、相手のことを本気で想って、能動的に動けば動くほど、相手に縛られて逆に受動的な立場に置かれる。一方でもともとは受動的であった人物が相手に対して優位につくようになる。その結果、恋愛関係が破綻してしまう。こういった恋愛のもつ不条理性やパワー・ポリティクスをものすごくリアルにそして同時多発的に描いています。この映画は「相手に対して本気になることってどういう価値があるの？」という問いを何回も投げかけてくるのです。この問いかけがラストシーンに向けてどう回収されていくのかはご覧になってのお楽しみ。この映画のもっともエモーショナルな部分だと思います。

上映時間が4時間近くあることにためらう人もいるかもしれませんが、個人的には4時間まったく退屈することなく楽しめました。連続ドラマの再編集という特性もあってか、見どころというか「ここが盛り上がるところ！」みたいなシーンが何回もあって、そのたびに心が動かされました。(ネタバレになるので詳しくは言えないのですが)特に花火のシーンは、とびきり美しくて心が踊りまくりました。あと、出演者の演技が本当に素晴らしい。特に浮世を演じる土村芳の、掴みどころのない表情と劇後半の覚醒には感動しました。そして謎の男を演じる宇野祥平も最高です！

本作は1週間限定公開です。「本気」になることって現実世界ではあんまりない。だからこそ是非劇場で観てほしいですし、恋愛において「本気」になることの馬鹿しさと素晴らしさ、その両方を味わってもらいたいです。

『本気のしるし』
11/13（金）～11/19（木）連日①15：25（＊途中休憩あり）
https://www.nagoyatv.com/honki/

(C)星里もちる・小学館／メ～テレ